2〜3年ほど前のこと。
どいと父ちゃんは お散歩をしていました。
おばあさんがいました。
紫色の割ぽう着を着て、手を後ろに組んで 立っていました。
お顔のしわは深いけれど、細めの鼻に筋がとおり、黒目がちの大きな目。
若いころはさぞ、美人だったろう、と思われるおばあさんでした。
歯は、何本か抜けていました。
どいと父ちゃんが 近づくのを、ニコニコと笑ってみていました。
おばあさんは言いました。
「かわいい。かわいい。 オレは犬が大好きなの。なでてもいいかい?」
おばあさんは、ひざをついて、どいをなでてくれました。
「おお。おお。かわいい。かわいいな。おりこうだなぁ。おりこうだなぁ」
どいは、おばあさんに抱かれるように、なでられています。
おばあさんは、父ちゃんに教えてくれました。
「オレは、犬が好きで好きで。でも、もう飼ってはいけないって、息子に言われたの」
「ええっ。どうしてですか?」
「みんな、殺してしまったの」
「っ!…」
「餌をやりすぎたの。『お前は喰わせすぎる。高い犬を買ってもみんな死んじまう。もう犬はダメだ』って、息子がいったの」
「…」
「ダメっていわれても、かわいくて、我慢できなくて、食わせちゃうの。そうやって、何匹も殺しちゃったの」
「…」
「また、なでさせてね。オレは犬が大好きなの。またね。かわいいね。かわいいね…」
おばあさん。その後も何度か会いました。
そして、同じお話を、きかせてくれました。
今もお元気でしょうか。 最近はあっていません。
どいが亡くなったことを おばあさんには 知らせたくないな。